スリランカ、人生を変える深イイ話。
久々のシリーズ第4回目
今回は、スリランカを身近に感じていただけたらと、あまり知られていないスリランカのお話。
「1964・東京オリンピック」でのエピソード!小中学校の教科書にも登場した話とは?
最近は、ちょっとは知られてきてはいるスリランカですが
まだまだ日本の皆さんには、知名度も低く、マイナーな存在で
遠い国のような話になってしまっていると思います。
そこで今回は、スリランカをもっと身近に感じていただきたい
そんな思いで、あるスリランカのストーリーについて!
ほとんどの日本人が知らないお話だと思いますが
1964年東京オリンピックでのエピソードとは?
男子陸上1万メートル決勝で、周回遅れの最下位ながら最後まで走り抜き、観衆の感動を得た選手
セイロン(現スリランカ)のラナトゥンゲ・カルナナンダさん(当時28歳)でした!
世界から29人の選手が参加したというこの1万メートル走の決勝

優勝したのは、アメリカの選手でした。
そして6位に入って入賞したのは、日本人の円谷選手でした!
こう聞くと、もしかしたらご存じの方もいらっしゃると思いますが
そう、あのレースでの出来事だったのです。
カルナナンダ選手は周回遅れで3周遅れで、彼がゴールをした時
優勝した選手以上の拍手が、競技場を包んだそうです。

勝ち負けよりもすばらしいことがあることを教えてくれた、カルナナンダ選手に、当時日本中の人々が感動したそうです。
これは、東京オリンピック私も生まれる前の出来事だったので、存じていなかったのですが・・・
これから日本で、この話を広めていきたいと思っています!
そしてスリランカでの後日談として
『他の国だったら、拍手は湧かなかっただろう。なぜなら日本人は戦争に負けて復活した。だから気持ちが分かるんだ』
という話題になっていたそうです。
まさに戦争をしらない世代の我々にも考えさせられる言葉です。
この東京オリンピックでの出来事は
ゼッケン67というエピソードで語り継がれ、小中学校の教科書にも登場しています。

昭和46年度から昭和51年度の小学校4年生の光村図書の国語の教科書に掲載されたそうです。
この時期に、実際に教科書で勉強された方もいらっしゃるかもしれませんね?
現在は、中学3年生の英語の教科書に、このエピソードが登場しているそうです。

この機会にこのエピソードを、スリランカの話として知っていただき
そして同時に日頃忘れてしまいがちな
「諦めない」
というスピリットを思い出していただけたらと思い、今回の投稿となりました。
最後まで諦めないで行きましょう~♪
このエピソードについて、野球審判で有名なスリランカ人のスジーワさんとトークを動画にまとめています。
ご興味ありましたらご覧ください↓
スリランカのあまり知られていない「1964・東京オリンピック」でのエピソード!小中学校の教科書にも登場した話とは?
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